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この特有の暑さは日本に来るまで経験したことがなかった。夏に限らず、一年を通しての日本の気候は固有のものだと思う。しかも、ここが首都である東京であるから尚更だ。当然の如く日本で一番人間は多いし、アスファルトの照り返しやクーラーのファンやらで、暑さが体に纏わりつく。専門分野外だが、ヒート・アイランドという迷惑な現象が深刻らしい。あまり代謝が良くないので、体温調節は上手くいかないし、食欲も旺盛なほうではない。夏を乗り切るには最悪な体質といえるだろう。 様々な事由を鑑みた結果、僕にとってどうやら夏は好ましくない季節らしい。
「そうだな」 「セミも鳴いているね!」 「そうだな」 「もう夏だよ!」 「そうだな」 「夏といえば花火だね!」 「なぜそうなる」 「なぜって……」 麻衣が一瞬たじろいだ。 この僕が、そう簡単にそんな手に引っ掛かるわけがない。 「それは……明日花火大会があるから!」 ああ、そう。 軽く聞き流してやったら、それから真横で花火の素晴らしさについて延々と語られた。
キラキラだのドーンだの擬音語ばかりの彼女の言葉は、まだ続いている。この、所謂アノウマトピア(※1)の多さも日本固有のものだろう。語学的にどうなのかは全く興味もないが、主観的には、特に決まりはなく個人によって感じたままを伝えているだけのように感じる。 そして、特にこいつの擬音語は、無法地帯だ。擬音語だけでなく、言葉自体も得難いときがしばしばある。話にまとまりはなく理解し辛いし、個人の感覚で物事を喋るので非常に論理的でない。 今にしてもそうだ。カキ氷を食べるときのキーンとくるのが良いだとか、去年の花火大会はどうだったかだとか、取り留めがなさ過ぎる。どうせ、明日あるという花火大会に一緒に行こうと言いたいだけなのだ。それならば、関係のない話ばかりせずに、さっさとそう言えばいいものを。用件だけ告げられれば、すぐに切って捨てられる。 まぁ、彼女もそれをわかっているからあえて言わないのだろう。 花火大会なんて人ごみに僕が行きたがるわけがないのは、彼女も良くわかっているはずだ。 「 たこ焼きの話から、再び花火の話に戻った。大体、ただの炎色反応をどうして寄ってたかって観たがるのか、理解不能だ。 「まさかただの炎色反応だ、なんて思ってないでしょうね」 ……テレパシー? テレパシーという単語を創案したのは、SPRを設立した一人であるフレデリック・マイヤーである。だが、そもそも、思考伝達というものを最初に報告したのはエドマンド・ガーニーだ。心霊現象同様、テレパシーも未だ科学的な証明はなされていない。 こんな知識を諳んじることは容易いが、麻衣を止めるのはそうはいかないらしい。これも数年の付き合いで得た、得たくもなかった知識だ。 とりあえず確実なことは、今はこんな知識は何の役にも立たないということだ。 知識がこいつの喧しさを止めてくれるのなら、僕がこんなに不快な思いをすることもなかっただろう。 「確かに炎色反応よ!でもあの炎色反応には夢があるのよ、夢が!」 ナルにはわからないだろうな〜、としみじみと言うこいつは、十中八九、ただの馬鹿だ。溜め息を禁じ得ない。 「打ち上げられる夢なんて、どんな夢だ」 「あ、やっとしゃべった!」 麻衣が勝ち誇ったように笑った。どうやら、どうにかして口を開かせようと試みていたらしい。 睨んでも、暖簾に腕押し。どこ吹く風、だ。 「ナルも夢見たいと思わない!?」 「残念ながら、火薬に乗せられた夢なんて願い下げ」 「また、そんなこと言って!花火師さんに失礼でしょ」 「お前が勝手に夢を乗せているだけだろう。僕はお前の発言を馬鹿にしただけで彼らを馬鹿にしたわけではない」 「堂々と『お前の発言を馬鹿にした』とか言うな!」 「嘘を吐くのが苦手なもので」 肩を竦めると、麻衣が胡乱な目をした。その表情を横目で見れば、自然と溜め息が零れる。 「もう、いいから出て行け」 「ナルがよくても、あたしがよくない!」 「ここはどこだ?」 「日本」 「麻衣」 睨んでやったら麻衣は肩を竦めた。 「嘘を吐くのが苦手なもので」 口調を真似て言う彼女の澄ました様子に、自然と眉間の皺が増える。 「……ここは誰の部屋だ?」 「マンションの持ち主さんの部屋」 「その持ち主から借り受けた僕の部屋、だ。わかったら出て行け!」 睨み合うこと数秒。 彼女は案外あっさりと身を翻した。 「ふんだ。いいもんねーだ。違う人誘って行くもん!」 最初からそうしてくれ。 |