「なんか、もう今更じゃない?」
「何が」

綾子はケーキにフォークを刺しながら、つまらなそうに相槌を打つ。それもそのはず、何が、と尋ねながらもこの問いに対する答えはもう知っているのだ。

「会って五年も経っちゃったし、喧嘩だってしょっちゅうするし」


やっぱりそうだ。

もう聞き飽きたこの答え。

一向に進まない彼女の恋を問い質し、発破を掛ければいつもこの答えが返ってくる。

「半人前だし、ちっとも役に立たないし」

何故か麻衣は恥ずかしそうにしている。見ているこちらの方が恥ずかしい、と思いながら綾子はフォークを突き刺したケーキを口に運ぶでもなく、行儀悪く皿の上で弄っている。

「莫迦とか普通に言われちゃうし、言って気まずくなっちゃたら嫌だし」

麻衣が照れ笑いを浮かべながら話し続けているのが耳に入ってはくるが、最早脳に伝えようともしていない。

ケーキを食べる気にもなれずにケーキが刺さったままのフォークを皿に置いた。

決してケーキが不味いわけではない。だってここは、出されるお茶もお菓子も最高においしくて、麻衣や真砂子とよく行くお気に入りの店である。今日は真砂子の仕事の都合がつかずに綾子は麻衣と二人きりでお茶をしているのだ。

「それに絶対相手にされないと思うんだ」

お茶も冷めかけてしまっている。せっかく以前から飲んでみたかったこの季節限定の紅茶だというのに。




悪いのは、このいじいじいじいじ話している目の前の小娘だ。




「だって、あたし   

「あー、もう、飽きたのよ!その答えは」

綾子はバンッと軽くテーブルを叩きながら言った。突然のテーブルの音と綾子の据わっている目線に麻衣はビクリとする。麻衣は照れながらも夢中に話していたため綾子の様子に全く気付かなかったのだ。

「どうせ続きは、前にジーンが好きだって言っちゃったし、でしょ!」

綾子はわざとらしく麻衣の真似をしながら言う。綾子の目が据わっていなかったら、間違いなく麻衣は「似てない!」と即座につっこんだだろう。

「そんなの三年も経っちゃってるんだから時効もいいところよ。三年もありゃぁ、中学生も高校生になっちゃうわよ。中学生も高校生になれば好きな人ぐらい変わったっておかしくないでしょ!」

綾子は大仰に椅子に凭れかかりながら腕を組んだ。艶やかで黒く長い髪が後を追うようになびく。

「ナル相手に喧嘩できれば上等。半人前は前からだしナルはそこまであんたに期待しちゃいないわよ。莫迦なのは事実だし、もし振られても気まずくなんのはあんただけでアイツは何もなかったような顔で研究続けるわよ!」

所々、というかほとんど全部酷いことを言われているような気もするが、綾子のあまりの剣幕に麻衣は呆然と聞くしかない。

「それに、会って五年も経っちゃったし、ですって!?それ去年は、会って四年も経っちゃったし、って言ってたじゃないの。そんなんじゃこれから一生、タイムマシンでも出来ない限りあんた告白できないじゃないの!」

綾子は相変わらず逐一麻衣の真似をし、言い終えると同時にまたテーブルを叩いた。

「タ、タイムマシンって……」

「だって、そうでしょ!過去は消えないんだから仕方ないじゃない。さっさと言ってさっさとすっきりしてしまえばいいのに、ウジウジしてるからもう五年も経っちゃったのよ」

「でも……」

「でももだってもない!あんたもうハタチになってんだからとっくに彼氏の一人や二人出来ててもおかしくない年頃なのよ!」

「二人は不味いと思いますが……」

麻衣は綾子の勢いに押されて思わず下手に出てしまう。恐る恐る伺うような上目遣いで綾子を見ると、綾子は目を吊り上げて身を乗り出した。

「問題はそこじゃないのよ!告白するにしても諦めるにしてもさっさと区切りつけないとあっという間に三十になっちゃうんだから!」

瞬時に「綾子みたいに?」と思ったが麻衣は賢明にも言わないでおいた。一応まだ三十にはなっていないはずだ。それに、もし言ってしまえば途端に烈火のごとく怒りだし、今以上に興奮して怒鳴りだすに違いない。ただでさえテーブルの音で二回も店中の注目を浴びてしまったのだ、これ以上騒いで欲しくはない。

「当たって砕けたっていいじゃない」

ちょっと言葉は投げやりだが、綾子が真剣に麻衣のことを考えてくれていることは麻衣にもきちんとわかっている。

「もういい加減、前に進みなさい」

麻衣は向けられた真っ直ぐな視線を受け止めきれずに俯いた。

「そりゃぁ、あたしだって進みたいけどさ」

消え入りそうな声で麻衣は呟く。綾子はつい先程とは打って変わって真摯な表情で麻衣を見詰めていた。





「恐いんだもん」





今にも泣き出しそうな声。


綾子にだって、麻衣の気持ちはわかる。今の居心地の良い状態が変わってしまうのを恐れてしまうのも仕方がないことだと思う。それに、相手はヤツだ。一筋縄ではいかない彼が相手なのだから、人一倍、いや人二倍ほど慎重になってしまうのも当然のことだろう。


だが。


「恐くても、その一歩を踏み出さないとあんたいつまでも宙に浮かんだままよ」

「うん、わかってる」

綾子は俯いたままの麻衣を見詰め続ける。




頑張っていることはわかっているから頑張れなんて言えないけれど、心の中で唱え続ける。




頑張れ。



この子には幸せになって欲しい。

今まで頑張ってきた分、目一杯幸せになって欲しい。

応援することしか出来ないけれど。こんな風にしか背中を押してやれないけれど。




「真砂子だって気にしてんのよ、あんたのこと」

「……うん」

綾子は冷めた紅茶に口をつけ、その苦さを打ち消すように放置されたままだったケーキを口に放り込んだ。

「あんたも食べなさい」

麻衣は顔を上げ、綾子の慈愛に満ちたような笑顔に少し泣きそうになりながらも微笑み返すと、食べかけだったいちごタルトを一切れ口に運んだ。




口いっぱいに広がった甘さに、勇気付けられた気がした。









01 きっかけ必要です








back