ひとりきりの作業、というわけではないのに、室内には無機質な音しか響かない。

現在、このわりと狭い部屋では二人の人間が作業しているのだけれど、それぞれがそれぞれの作業をこなすだけで会話は全くない。それもそのはず、隣にいらっしゃるのは仕事に過度に厳しく、仕事が第一、仕事が生き甲斐というなんとも嫌な三拍子が揃い、仕事こそが人生とでも言い出しそうなこの事務所の所長様だからだ。仕事人としては理想的かもしれないが、もし、万が一、億が一、家庭人になるとしたら、最悪最低、夫にしたくないナンバーワンをぶっちぎることだろう。

しかも、その「仕事」の内容が超心理学研究という特殊な職業であるからたちが悪い。

超心理学を研究する。ぶっちゃけて言ってしまえばオカルトマニアだ。

もっとも、こんなことを隣にいる人物に知られようものなら、悪口雑言罵詈雑言。耳を塞ぎたくなるほどの毒が吐き出されるだろう。


ようは、性格も悪いのだ、こいつは。


麻衣は横目でチラリとナルを盗み見る。


いつも人のことなんて歯牙にも掛けていないような態度だし、自分が正しいと判断すれば人が傷つくことでもする。考えていることは全然判らないし、ちっとも伝えようとしてくれない。コミュニケーションをとる気が全くないのだろう。研究第一で生活力はほとんどないし、服はいつも黒いし・・・・・・ってこれは短所なのかわからないけど。

とにかく、考えれば考えるほど短所は出て来る。



それなのに。




なんであたしは。




麻衣はナルへと向けていた意識を手元のファイルへと戻し、深くため息を吐いた。この狭い室内だ、そのため息は確実にナルの耳に届いただろうけれど、どうせ気付いていても何も言ってこないだろうから気にしない。

ナル自身は短所を短所と思っていないから、余計に性質が悪いのだ。確かに、短くはない彼との付き合いで、ナルの短所もナルの特徴の一部としか見えなくなったような気はするけども。感情豊かで始終柔和なナルなんて想像するだけで気持ちが悪い。


それに、彼の態度に隠されて見えない部分だって大分見えてきた。

きちんとみんなのことを考えていてそれなりに気も遣っている。厳しいことも言うけど、それはいつも正論だ。偉そうな態度に見合うだけの結果もきちんと出す。実は優しいし、いつもの無口さも落ち込んでいるときには有難かったりもする。

いつも真摯に研究に取り組んでいる姿には、実は密かに尊敬している。



そう。

彼にはいいところも、ある。



いいところを必死で探しているような気がしないでもない。いいところがあるんだと自分に言い聞かせることで、自分の気持ちに理屈付けをしているのだと思う。



それは、つまり。





やっぱりあたしはこの人が好きだということで。





麻衣は最後のファイルを、それが落ち着くべき場所へと押し込むと、よし、と自分を励ます。ひらりとスカートの裾を翻すと、手元の資料に目線を落としたまま考え込んでいるナルに体を向けた。

ナルは麻衣の視線に気付いているのか気付いていないのか。どちらにせよ、気にしていないのだろう、手元の資料への集中は途切れない。

麻衣は、その端整な横顔に、目一杯微笑みかける。

いつもの彼女のふわりとした笑みでなく、これから戦うべき相手を前にしたような不敵な笑みを。

「覚悟してて」

これまた不敵な口調でそう言うと、やっとナルが顔を上げた。そして、麻衣の方を振り返ったときには、麻衣はすでに応接室へと続く扉へと颯爽と歩いていた。

ナルが疑問を口にする間もなく扉が閉じられる。

「・・・・・・なんだ?」

あとには、疑問符ばかりが浮かんでいる博士様が残るばかり。






1.Are you ready?


準備はいい?
彼とあたしのたたかいの始まり。






こんな片思い。
博士は麻衣ちゃんに押され気味。
なんだかんだでそれを振り払えないといいと思います。


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