「ナルがもしパンドラの箱だったら、最後に残るのはやっぱ顔かな〜」

 

突然わけのわからないことを言い出したコイツを、僕はどう扱えばいいのだろう。

 

 

 

 

 

Study Japanese

 

 

 

 

 

この意味不明さは僕の手に負えないので、無視することに決めた。

 

「大体、顔が良くたって何の足しにもならないし」

 

最初から僕の返事は期待していないのか、麻衣は勝手に話を進めていく。

コイツの頭の中には、『独り言は小声で言う』という世の常がインプットされていないらしい。

 

「いや、足しにはなるかもしれないけど、災厄溢れたあとじゃねぇ……。正直それどころじゃないっつーの!」

 

人の顔を凝視しながら眉間に皺を寄せているコイツは、傍から見れば難しいことを考えているようだが、事実は予想に反する。

確実に、自分がどれだけ馬鹿らしいかわかっていないに違いない。

 

「ま、その前に開けたくないかも。百害あって一利なし!」

 

自分の発言に納得したのか一人で頷いている。

お前……頭、大丈夫か?

 

「触らぬ神に祟りなしってやつだね!あ、神なんていいもんじゃないか」

 

…………。

先から失礼なことを言われていると取って良いのだろうか。

 

「神っつーより、魔王だな!!」

 

今度は、馬鹿笑いを始めた。

毎度毎度、この馬鹿発言で、自分で自分の首を絞めていることに気がつかないのだろうか。

いや、今は百歩譲って麻衣の無礼の数々を見逃してやってもいい。

こんな馬鹿げたことに付き合ってられないし、そもそもコイツの発言の失礼さは今に始まったことではない。

 

だが、視線が煩い。

 

こう、正座されて腕を組んで凝視されれば、誰でも嫌なものだ。

今読んでいる本に何の面白みも見出せないせいもあるだろうが、気が散る。

 

「あっ!そういやパンドラも神様の最高傑作だった!確か、箱もなんかの神が作ってたよなぁ。ってことは、パンドラの箱を人間に例えると姿形は元々良いってわけだ」

 

視線が逸れた。

麻衣がひとりでうんうん唸っているうちに下を向いたからだ。

そこまで考え込む力があるのなら、仕事のときにも生かしてもらいたいものだ。

まぁ、煩わしい視線が外れたのなら今は言うことはない。

これこそ、触らぬ神になんとやら、だ。

 

「うわっ!じゃあ、ナルがパンドラの箱だったら最後に何も残んないじゃん!!てか、良いトコなしじゃん!どうする?ナル」

 

 

…………。

 

もう、やめた。

 

無視するのを。

 

この馬鹿は僕の無視できる範囲を遥かに超えている。

触らぬ神に祟りがあっても、こちらが返り討ちにしてやれば良いことだ。

これは、あれだ。

『堪忍袋の緒が切れる』というやつだ。

 

溜息を吐きつつ読んでいた本を閉じ、ソファテーブルに置く。

その動作を黙って見守っていた麻衣に目を向けた。

 

「谷山さんは、僕に返答を求めていらっしゃるのでしょうか」

「あったり前じゃん!この家に喋りかける相手なんてナルしかいないでしょ?」

 

とうとう、「ナル、大丈夫?」とか言い出したコイツを誰かどうにかしてくれ。

と言っても、この場には頼れる者は自分だけなので、少々面倒くさいが自分でどうにかする。

 

「それでは、僕には良い所がないがどうするかを僕に尋ねていると?」

「え゛っ!」

 

微笑みかけてやったら、麻衣は漸く自分の失言に気づいたらしい。

 

「そそそそそんなことは…っ!誰も!ひとっことも!!!」

「嘘を吐くな」

「嘘なんて滅相もないっ!!」

「生憎、僕は記憶力が良いもので一言一句漏らさずに覚えていますよ。なんなら繰り返しましょうか?」

「いやいやいやいや!結構でゴザイマス!」

「じゃあ、印象に残ったところだけ。確か、良いトコなし、とか……」

「そそそそそそんなことをどなたかが!?こんな素敵な方にそんなことを言う人がいらっしゃるなんてねぇ!顔が見てみたいものだわぁ!!」

 

そう言った麻衣は、どこぞの煩い婦人を思い起こさせるような笑い声を上げた。

顔が引き攣っている。

誰が今更ないことになどしてやるものか。

 

「それでは、鏡をどうぞ」

「えぇ!ジーンがいるの!?」

 

明らかなオーバーリアクション。

以前麻衣が深夜に見ていたテレビの通販番組の客、アレに似ている。

睨めば、麻衣は笑顔を固めた。

 

「…………」

「…………」

 

目が泳いでいるのは決して気のせいではない。

 

「じゃあ、僕は素敵だと?」

「ええ!モチロン!」

「では、具体的にどこら辺がステキなのか教えていただきたいのですが」

「…………」

 

麻衣は冷や汗を浮かべて黙った。

 

「まさか……答えられないとか?」

「いやいやいや!とんでもない!ステキなところがありすぎて困ってたんでございますのよ!!」

 

お前は、何人だ。

英語も碌に使えないくせに、日本語も不自由になったのか。

 

「では、どこだと?」

「えっ、えーっと…」

「麻衣?」

「あああああ!顔!顔だよ、顔!」

 

顔だと?

 

コイツは一回わからしてやった方がいいのだろうか。

 

「つい今しがた、姿形は良いのが前提だと自分で言ったのを本気で忘れたのか?」

「う゛っ!!」

「お前、よっぽど自虐行為が好きなんだな」

「いいいいいえいえ!とんでもゴザイマセン!」

「――来い」

「ぎゃっ!」

 

腕を掴んだら、麻衣は蛙を踏み潰したような声を出した。

 

「いや   !離せぇ   !ごーめーんーなーさーい     ッ!!!!!」

「僕の良い所を存分に教えて差し上げますよ」

「いやぁああああ!!結構ですぅ     !!!!!」

 

 

麻衣は、あれだ。

 

『後悔先に立たず』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ことわざ学習中。つっこみができるナル。

ヤマなし、オチなし、意味なし、の三拍子。

麻衣ちんは暇だったんだ。

暇でしようがなかったんだ。